〜Dark side of the moon〜
プロローグ





 周囲に民家はおろか、人影も無い田舎道を初心者マークを付けた一台の軽自動車がのろのろと走っていた。

「ライト点けなきゃ…」

 一人乗っていたドライバーの女の子がつぶやいてスイッチを探す。
彼女の名は笠原直子。家族の車を借りて町の方まで遠乗りをしてきた帰りであった。つい先日、卒業前の期間を利用して免許をとったばかりの彼女だったが、何とか事故もなく無事に帰ってくることができた。

「遅くなっちゃたなぁ…おまけに道を一本間違えたし…」

 街灯などなく、舗装も一部しかされていないような道。日没から時間が随分たってしまい、明るいのは車のライトに照らされたところだけである。初心者の彼女がドライブするには悪条件が揃っていたが、土地勘があるせいか、あまり気にはならなかった。
小学校の頃遊んだ場所だ…。そんな思い出を頭の隅から引っ張りだしながら、悪路にハンドルをとられないように腕に力を込めた。

 しばらく進むと車の上下動が突然おさまって舗装された道に入る。少しほっとした直子は早く帰ろうと少しアクセルを踏もうとした…が、

「きゃっ!」

 暗闇の中、突然目前に現われた壁にぶつかりそうになり、慌ててブレーキを踏む。

「(あぶなかった…こんなところにトンネルなんてあったっけ…?)」

 ライトで照らされた先に、トンネルの入り口のコンクリート壁が浮かび上がる。少しバックして車を方向転換させ、おそるおそるアクセルを踏み込んだ。

「(そういえば…この辺りで幽霊が出るトンネルがあるなんて噂してたなぁ…)」

 小学生の頃に友達としていた他愛ない噂話を思い出す。あの頃はそんな話を聞いては本気で怖がったものだった。実家との近道であったトンネルをわざわざ遠回りして帰っていたような気がする。

「(こんな田舎…もう嫌だな……)」

 直子は卒業したら東京の学校に進学する予定になっていた。おとなしい性格の彼女を心配して両親は全寮制の女子校を薦め、素直に受けた推薦入試の結果がこの間出たばかりであった。春が来れば長年住み慣れたこの土地を離れることになるが、寂しさよりも都会に行ける嬉しさの方が勝っていた。

 まばらにオレンジ色の照明が灯るトンネルの中を走る。ところどころ消えかけているあたり、ろくに点検も為されていないことを物語っている。

「(何か…昔のこと思い出してたら、少し…)」

 ちらちらとバックミラーを見やる直子。小説や漫画だったら、後部座席に濡れた女の人が…なんて展開が待っているところだろうなぁと空想して苦笑する。

 …その時、足元からぞくりと悪寒が走る。季節はまだ冬ということもあって、車の中には冷えた空気が漂っている。体が冷えてきたのであろうか。

「(やだ…ほんとに怖くなってきたかも…)」

 少しだけアクセルを踏み込もうとする直子。ペダルに乗せた足が小刻みに震えているのを自覚する。

「(何だろう…何……!?)」

 再び足元に冷やりとした感触がある。太腿を寒気が這い登ってくるような感覚。

 何か…いる。

 直感的にそう思ったが、恐怖で視線を下に落とすことができない。寒気というよりも冷たい手に内腿を撫で回されているような気分になる。

「(やぁ…何…これ…?)」

 パニックに陥る直子。アクセルから足を離そうとするが、神経伝達が滞ってしまったかのように、下半身がしびれて動かない。壁にぶつからないように必死にハンドルを切ってふらつく車を操作する。
トンネルを抜けたら、何とかなるかもしれない。根拠の無い希望であったが、少しずつ近付いてくる出口だけを見据えていた。

 とてつもなく長く感じたトンネルを抜けた瞬間、寒気が少しだけ和らいだような気がして安堵感が訪れる。

「(やっぱり気のせいだったんだ…)」

 ふっと小さくため息をついて何気なく視線を下に落とす。しかし、信じられない光景を目の当たりにして直子は声にならない悲鳴を上げた。
太腿の間、履いていたロングスカートの布が小さく盛り上がっていた。ちょうど人間の手のこぶし大の盛り上がりがゆっくりと直子の脚の付け根の方へ進んで来るのが目に入る。

「………!!!!」

 下着の底にその”手”が触れた瞬間、恐怖が頂点に達した直子の意識は薄らいでいった…。

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 どれくらい時間が立っただろうか。ぼんやりとした意識の中で直子が目を覚ます。自分が車の運転席にいて、ハンドルに上体を預けたまま気を失っていたことに気付くには、しばらくの時間を要した。

「(そうだ…あたし、車を運転してて…)」

 はっとして辺りを見回すが、車が壊れているような様子はない。外を見ると、どうやら道のわきの土手に乗り上げてしまっているだけらしい。慌ててドアを開けて現状を確認しようと車から降りる。
近くにたまたま外灯があったおかげで、車の状態もはっきりと確認できた。どこにもぶつけた様子はなく、彼女自身にも特に怪我は無い様である。

「気のせい…だったのかな」

 再び運転席に戻ろうとした瞬間、突然冷たい風が吹き抜け、脚の間にひやりとした感触が走る。とても心許ない感覚。
そんなことがあるはずが無い…と慌てて視線を下に落とすと、先ほどまで自分が履いていた白い下着が足首に丸まってからみついていた。

「やぁっ……!」

 股の間を押さえて思わずしゃがみ込んでしまう。

「(何で…いつの間に…?)」

 自分で脱ぐはずはない。何者かが車に侵入したのだろうか。でも車のキーは確かにロックされていたはずだ。混乱する直子だったが、この場所からとにかく離れるべきだという気持ちが湧き起こり、車に飛び込むとエンジンをかけて必死にアクセルを踏み込んだ…。






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