フェイ・ウィスキー……研究所の女性所長 ミレーヌ(イリーナ)……A国のエージェント 「このデータをまとめておいてくれる?」 不意に、ひと抱えもありそうな量の紙束が、目の前に差し出された。ぱっと見ただけでは何のことかわからない、不規則な数字の羅列。ところどころに引かれたアンダーラインと、走り書きのメモ。何かの測定データのようである。 「わかりました。」 ぱらぱらと資料をめくりながら答え、顔を上げる。視線の先には、白衣を着て、IDカードを胸から下げた女性が立っていた。 セミロングの黒髪に、切れ長の黒い瞳。ほっそりとしたあごのラインと、薄めの唇がシャープな印象を形成している。キツイ顔つき、というわけではなく、微笑むとわずかに緩む目尻のあたりから、柔和な雰囲気も漂ってくる。 「悪いわね」 「いいえ…。ちょうど手が空いていますから、大丈夫です。今日中にできると思います」 そう答えながらデータをファイルに挿み、白衣の女性に一礼して部屋の外に出た。 受け取った書類を抱えて長い通路を進む。防犯カメラと消火設備、無機質な照明の他には何の装飾もない。しばらく歩いた後、ほぼ等間隔に並んでいるドアの一つを開け、中に入った。さほど広くない個室の中には、情報端末の設置されたデスクと、小さな書棚。個人用に割り当てられた仕事スペースといった体である。今しがたここに入ってきた当人の他に人影はない。 デスクの上に先ほど手渡された書類をファイルから取り出して広げると、部屋の主は突然、奇妙な行動を開始した。はめていた腕時計を複雑な手順でなぞると、文字盤の一部が引っくり返り、レンズのようなものが現れた。机の上に並べた書類の方に向けると、側面にあるスイッチを押し込む。 微かに聞こえるのは、シャッター音だろうか。書類を一枚一枚めくりながら同様の動作を繰り返す。 しばらくして、目的を達することができたのか、その人物は作業を止めた。椅子に深く腰掛けると、背もたれに体重を預け、小さくため息をついた。 彼女の名はミレーヌという。もっとも、胸に着けたIDカードに書いてある名前はそれとは違う。 ここはA国の郊外、閑静な場所にある研究所である。聞けば誰もが知っているような企業が所有している建物である。表向きはバイオ関連産業の先端研究だが、近年、軍需産業に手を染め、こともあろうか敵国とまで取引を行っているらしいとの噂が、関係者の間で広まっていた。 そこで、A国のエージェントであるミレーヌが調査のために、ここに送り込まれたというわけである、 「それにしても、退屈な仕事ね……」 わずかにいらついたような表情を見せながら、ミレーヌがつぶやく。この研究所に潜入してから、既にふた月が過ぎようとしていた。ここに勤めている主要な研究員とは一通り顔を合わせており、情報収集も少しずつ進んでいる。 最近は研究グループのリーダーから頼まれごとをされることも多い。その人物こそ、先ほど書類をミレーヌに手渡した女性であり、本研究所の所長である。 「(ここまできたら、力ずくで一気に情報を奪うとか、研究所ごと破壊してしまった方が効率的じゃないかしら……)」 色素の薄い、ショートカットの髪をかき上げながら、再びため息をついた時だった。 デスクの上のインターカムから呼び出し音が鳴り響く。 「忙しいところごめんなさい。ちょっと私の部屋まで来てくれるかしら?」 声の主は所長だった。また用事でもあるのだろうか? 「大丈夫です。すぐ行きます。」 思わず身を正しながら返答するミレーヌ。すぐに椅子から立ち上がり、先ほど脱ぎ捨てた白衣を再び羽織った。 「いけない……集中しないと」 壁に立てかけられている姿見の前に立ち、かけ慣れない眼鏡の位置を直しながら、自分を戒めるようにつぶやく。 黒いタイトスカートから伸びる、健康的な肉付きの長い脚。白衣の上からでもそれとわかる、豊かな双胸。柔らかそうな唇と、少し上向き加減のツンとした鼻筋が色っぽさを漂わせている。 「(所長が男だったら、色仕掛けって手もあるのにね)」 鏡に向かって一瞬微笑を浮かべてみるが、すぐに真剣な表情に戻ると、所長室へ向かって歩き出した。 ------------------------------------------------------------------------ ……しなやかで細い指が、紙の上をなぞっていた。 彼女たちは、所長室のソファーに並んで腰掛けていた。目の前のテーブルには、先日ミレーヌが提出したレポートが置かれている。 「それでね…ここを修正して欲しいの」 所長が訂正箇所を指で示しながら、説明をしている。 「わかりました。すぐに直しておきます」 機械的に相槌をうちながら、ミレーヌはぼんやりと相手の手元を眺めていた。ふと視線を上げると、隣に座る女性の容姿が目に入る。 所長の名は、フェイ・ウィスキー。白衣の下には、薄いピンクのブラウスと、腰高のスカート。派手さはないが、清楚な着こなしである。 彼女からは、あまり研究者という雰囲気は伝わってこない。物腰や着ている物からは、どちらかといえばおっとりとした印象を受ける。言い方は悪いが、とても研究所のトップにまで上りつめた人物とは思えない。 リラックスして穏やかな顔をしていると、20代半ばくらいに見えなくもない。実際の年齢は不明だが。 「(天才には変わり者が多いって言うしね)」 「どうしたの?イリーナ?」 「……は、はいっ。いえ、何でもありません。」 返答が一瞬遅れてしまった。『イリーナ』とは、研究所におけるミレーヌの偽名である。 いつの間にか、所長の視線が、真っ直ぐにミレーヌを捉えていた。黒くて、吸い込まれそうに澄んだ瞳。何か見透かされているような気がしてどきっとする。 「昨日あなたに整理してもらったデータなんだけど、ちょっと」 ミレーヌが指示を聞き取れなかったと思ったのか、所長が体を寄せてきた。お互いの膝がさりげなく触れ合う。 「……っ、すみません」 思わず膝を反対側に引っ込めてしまう。 「なぁに?」 所長はあまり気に留めていない様子で、再びミレーヌを見つめている。気のせいか、先ほどよりも穏やかな表情に見える、 「いえ、なんでもありません…」 太腿の柔らかい感触にどきっとしました、なんて口には出せない。 「そう? じゃぁ、こことここをね……」 わずかに目を細めて微笑を浮かべると、所長は話を再開した。落ち着いているが、少々トーンが高く、耳に心地よい声がミレーヌの耳元で響く。何気なくかきあげたうなじからは、大人っぽい色気が漂よっている。それでも全体的に若い印象を受けるのは、肌の張りや、きめ細かさによるものだろうか……。 「どうしたの?イリーナ?」 「え…あっ…その…」 いつの間にか、ミレーヌは所長の仕草に目を奪われていた。 「わたしの方ばかり見てるのね…」 そう言いながら、膝の上に手を置いて、体重を預けてくる。お互いの顔が接近する。 無理に振りほどいたり、突き飛ばしたりして怪我でもさせてしまったら……などと考えている内に、ふたりは幅広のソファーに折り重なって倒れ込んだ。 ……目を開くと、所長の顔がすぐ目の前にあった。心なしか、紅潮しているように見える。吐息が感じられるほどに、近い。 突然ミレーヌの首に手が回され、2人の距離が縮められる。薄紅色に彩られた所長の唇が、目前に迫ってくる。 「(キ、キス…?)」 予想外の行動に驚き、体を固くする。 次の瞬間、柔らかい感触がミレーヌの唇を包んだ。しかしそれは一瞬のことだった。 すぐに顔を遠ざけ、動揺した表情を見せる所長。こちらと視線を合わせようとしない。 「ご、ごめんなさいっ!」 長い沈黙を破り、先に口を開いたの謝ったのは所長の方だった。 切れ長の瞳の端に、うっすらと涙が浮かんでいる。唇が心なしが青ざめ、震えているように見える。 「驚いた……よね?」 いつもの自信に満ちた口調とは違う、おとなしい少女のような話し方。 「突然キスなんて、ごめんなさい……」 少し怯えた表情を浮かべるその頬に、涙が一筋伝う。 「こんな閉鎖的なところでずうっと暮らしているせいかな…… 時々、抑えが効かなくなって……でも、こんなことしたのは、初めてで……」 「ウィスキー所長……」 ミレーヌは事態の急展開に驚きながらも、冷静に思考をめぐらせていた。 「(ふうん、この人ってそういう趣味なんだ。私に気があるってこと? チャンス……)」 表情に出さないように気をつけながら、心の奥でほくそ笑む。 ……後に、彼女は軽はずみに下した判断を悔やむことになる。この時すでに、ミレーヌは所長に魅入られていたのだろうか。 「いいですよ。」 「え?」 怪訝そうに尋ね返す所長の唇を指先でそっと押さえる。 「私も所長のこと、嫌いじゃないですよ。もちろん、プライベートな意味で……」 「イリーナ、あなた何を言って……」 「だから、いいですよ……」 そう言って少しだけブラウスの胸元を広げ、わざと恥ずかしそうに目を逸らした。 自分でも『くさい』芝居だとは思ってしまう。 所長の呼吸が乱れ、動揺している様子が伝わってくる。しかしアクションを起こす気配はない。 「(もう、早くしてよ……)」 男性相手であれば、もっと直接的なアプローチで誘う方法もあるだろう。 しかし、今回はターゲットが女性である上に、そういった経験も少なそうな相手である。 所長の手をそっと握って自分の胸の上に導く。慎み深い雰囲気を損なわないように……。 「柔らかい、のね……」 「無駄に大きいですから……」 「もっと力を入れても、大丈夫ですよ」 遠慮がちに、所長の手がミレーヌの豊かな胸をなで回し始めた。外周をゆっくり円を描くように移動していく。 「もっと奥に……」 ミレーヌはブラジャーのフロントホックを外すと、ブラウスの襟元を広げた。所長の指が下着と柔肌の間に滑り込む。中心部のさらに先端を指の腹がかすめた瞬間、頭の中にかすかな電流が走った。 「あっ……」 反射的に小さな声が洩れてしまった。 「(やだ、私……)」 ------------------------------------------------------------------------ 「あ…いや…ぁ……」 演技で出していたはずの声に、意図しない淫靡な響きが混ざり始めていた。 「(何で、こんな……に……)」 お互い体を重ねてから、たかだか15分程度である。 されたことと言ったら、胸への愛撫と、わき腹や背中、首筋へのソフトなボディータッチだけである。的確にこちらの感じるところを、絶妙なタイミングでついてくる。 「(本当にこの人、経験が無いの……?)」 次第にミレーヌの中で、目の前の女性に対する不信感が大きくなってきていた。 「や…んっ……」 女性の中心に至っては、一度も触れられていない。それなのに、太腿を少し動かしただけで下着の中が湿っているのがわかるほど、潤い始めていた。上半身を触られる度に、豊かな腰を密かにくねらせてしまう。 「(感じてる場合じゃない)」 スパイとして、男と床を共にすることだってある。肉欲に溺れている振りをしながら相手を陥れたことだって何度もある。 今回だって、相手が女性なだけで、いつもと変わらない。所長を篭絡して情報を聞き出さないと……。 「所長、次は私が……」 「やめて…名前で呼んで…イリーナ。」 所長の首に回そうとしたミレーヌの腕が押さえ込まれ、耳元で優しい声が響く。 「あ……」 首筋に吹きかけられた微かな吐息すら、官能の炎を一層燃え上がらせる。 「気持ち…いいです。フェイ所長……」 「呼び捨てでいいのに……まぁいいわ。ごほうびをあげる」 所長の手が、程よく肉付いたミレーヌの太腿の間に滑り込む。 「や…ぁっっ…だめっ……」 肉欲に溺れまいと、必死に心を静めようとしていたミレーヌだったが、咄嗟に出た声はか細く、頼りないものだった。 フェイの指先が、スカートを押し上げながら、両脚の狭間の底にたどり着く。薄っすらと生え揃っている恥毛の感触を楽しむように、触れているかどうかわからないくらいの微妙なタッチで撫でまわす。 「(どうしたの、私……?)」 体中に張り巡っているはずの神経が、内側に収束していくような錯覚。ソファーに仰向けに横たわっているはずなのに、背中からその感覚が伝わってこない。 全身を包み込んでいる浮遊感の中で、所長が触れている部分だけが現実として感じられ、研ぎ澄まされていく。 「ぁ…ひぁっ…ああああぁあっ!」 下着の上から女性の中心を軽く押し込まれる。秘唇がほんの少し押し広げられ、奥に湛えられていた液体を零し始める。そして両脚を閉じた拍子に一気に溢れ出し、下着の裏地を潤ませた。 腰の震えが、止まらない。触れられていない状態なのに、自分の太腿同士が擦れ合う感触すら悦楽となって彼女を襲う。 「だめぇっ、こんなの違…うっ……」 「……下手な芝居ね、イリーナ。」 「え……?」 突然、目の前の女性が発する声のトーンが、先ほどまでとはうって変わって冷たくなる。 「それで素性を隠しているつもり?感じてるのも演技なんでしょ、イリーナ? ……きっと本名ではないでしょうけど。」 「何を、言って……ひっ…んぁ…あっ…!!」 ブラウスが乱暴に左右にはだけられた。緩めたブラジャーの端から覗いていた薄桃色の先端が指の腹で押しつぶされる。 「……っ!!!」 脊髄に電撃が走り、声にならない悲鳴がのどの奥から絞り出される。丸い瞳がより一層見開かれ、背筋が反り返る。 「少しオーバーじゃない?」 明らかにミレーヌを嘲笑している言い回しである。皮肉めいた響きが混ざっている。 「(ばれて、る……?このままじゃ、いけない……)」 所長がどこかに連絡する前に、取り押さえなければ。ひょっとしたら、既に手が回っているかもしれない。 「待って……ぁ…いやぁあああ!!」 豊かな二つのふくらみが上下に揺り動かされる。今まで、自分の胸が性感帯だなんて思ったことはない。それなのに相手の指が沈み込む度に、痺れるような悦楽が全身に広がっていく。 「(逃げなくては……早く、どうにか……)」 呼吸が荒く、熱くなってきている。女の直感が、すぐそこに昂ぶりの限界が迫っていることを告げている。快楽に溺れて我を忘れてしまったら、もう脱出の機会はないだろう。 相手の肩を弱々しく掴む。普段の所長の身のこなしを見る限り、ミレーヌの体術をもってすれば簡単に取り押さえられるだろう。彼女を人質にして……。 「ぁ…ひっ!…んっ…ぁ…あああああああああ!!!」 フェイの指がふくらみの頂を摘み、軽く捩じるようにして、弾いた。僅かに残っていた冷静な判断力が、押し流された瞬間だった。呼吸が止まり、目の奥に火花が何度も散る。しばらく触られていなかった下半身が、何かを求めるようにくねる。 「(待って……駄目……体、が………)」 意識が朦朧としてきて、指一本すら重くて動かせないような、けだるい感覚が全身を包む。絶望と死への恐怖が頭の中を一瞬よぎるが、全ては闇の中へと吸い込まれていった…。 |
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