〜巫女譚歌〜
ナコルル<1>





「……?」

 藁の布団の中で小さく丸まって寝ていたナコルルの瞼が開いた。
つい先日まで邪神と闘うために諸国を旅し、野宿を繰り返していたおかげで眠りが浅くなっているのかもしれない。
半身を起こし、まだぼんやりとしている頭を2、3度振ると、枕もとにたたんであった着物を素早く羽織る。目が覚める直前、家の周りで物音がした気がする。

 ここはアイヌの村、彼女の故郷である。半年ほど前から魔性の気配の源を探して全国を旅していたものの、次第に手がかりも少なくなり、カムイコタンに戻ってきていた。

「リムルルなの?」

 着替え終わったナコルルは懐刀を引き寄せて腰帯に挿すと、戸口の方に近付いていく。

久しぶりに帰郷した時、家の留守を預かっていたはずのリムルルの姿は見当たらなかった。予想はしていたが、また姉の後を追って勝手に旅に出てしまったらしい。これまでにも何度となく経験したことではあったが、愛しい妹の行方を案じたナコルルはしばらく村で帰りを待ってみることにしたのである。

 土間を下りると、戸がかたかたと鳴る音が聞こえ、すきま風が起き抜けの身にしみる。
季節は冬。宵の口から細かい雪が舞っていたが、少し強く吹きつけだしたようである。先ほど聞こえた物音もこれだったのであろうか。そう思ったものの、せっかく着替えまでしたのだから家の周りでも見回っておこうと入り口の引き戸を開けた。

「……雪」

 空は雪を運んできた雲に厚く覆われて月明かりもなく周囲は暗いが、日の出の刻が近いらしく森の東側が薄っすらと明るくなってきている。鳥の鳴き声も聞こえず、ただ雪が静かに風に乗って舞っている。
ナコルルは白い息を吐きながら、まだそんなに深くは積もっていない雪の上を家の壁に沿って歩き始める。一周だけ回ったら、すぐに家に入ろう。そんなことを考えながら角を回った時、薄暗い景色の中に小さな人影を認めた。

「誰かいるの?」

 腰帯に挿した懐刀の柄を後ろ手で握り締め、警戒しながら人影に向かって呼びかける。農閑期である冬の時期にこんな早朝から歩いている村人はそうはいない。しかも彼女たちの家は村の外れ、森の入り口付近にあり隣家までは相当離れている。

「お姉さま?」

 おぼろげな輪郭しかわからないその人影が発した言葉がナコルルの表情を一変させた。

「リムルル?」

 愛しい妹が帰って来た。
嬉しい反面、何度も約束させた言いつけを守らなかったことについては厳しく怒らなければいけないとも思う。しかし、表情には嬉しさと安堵感がどうしてもにじみ出てしまう。
薄く積もった雪を跳ね上げながら妹の方へ駆け寄るナコルル。しかし、突然違和感を感じて人影から五、六歩離れたところで立ち止まった。

「リムルル…なの?」

 ここまで近付けば周囲の状況にかかわらず、相手の顔くらいは判別できる。そこに立っていたのは紛れもなく愛しい妹であった。
しかし、何かが違う。姉の前では明るく無邪気に振舞っていたあのリムルルが、微笑を浮かべ、冷たささえ感じられるような、まるで赤の他人を見つめるような目でこちらを見ている。そして着ている服はアイヌの巫女装束ではあったが、黒を基調とした、今まで見たこともないような色合いである。

「何言ってるの?リムルルだよ。お姉さま?」

 似てはいるが、背すじにぞっとするものを感じさせるような声。
違う。妹ではない。そう確信して刀を抜こうとするが、もし自分の勘違いだったら…、もし間違えて実の妹に刃を向けるようなことがあれば…。瞬間、そんな思いが頭の中をよぎり、次の行動をためらわせてしまう。

 しかし、対面する人物はその一瞬の隙を見逃さなかった。

「コンル、メム!」

 突然ナコルルの足元に氷の結晶が集束して、行動の自由を奪う。氷の精を操るリムルルの得意技である。不覚にも後ろに飛び退くことすらできずに先手を許してしまったわけである。

「(しまった…でも、数瞬で氷は発散してしまうはず…そうしたら…)」

 予想外の事態に動揺したものの、これまで修羅場を経験してきたナコルルの頭の中は冷静に回転し始める。まだ未熟なリムルルの術であれば、そんなに恐れることはないはずであった。
しかし、足首付近を凍り付かせていた結晶は次第に増殖し、膝から太腿、さらには腰の辺りまでナコルルを凍り漬けにしていく。

「(そんな…なんでこんな…?)」

「修行の成果だよ、お姉さま。」
「なっ……!?」

 いつの間にか数歩の距離まで近付いてきた黒い装いのリムルルが妖しい笑いを浮かべて言った。

「嘘よ。嘘。あのお転婆娘が10年修行したって、こんな術はできないわ。」

「あなたは…誰なの!」

「あたしはリムルルよ。少なくとも、そう呼ばれるだけの資格はあるわ。」

 リムルルはナコルルの間合いに入らないように気を付けながら、さらに氷の精を呼び出していく。

「(抜けられな…い…)」

 自由な上半身を左右に捩って脱出を試みるが、氷の中に埋まってしまった下半身は、つま先に至るまでぴくりとも動かない。
そんなナコルルの様子を見てくすりと笑うと、リムルルはおもむろに母屋の方へ入っていってしまう。

「(何をするつもりなの…?)」

 一人屋外に残されたナコルルは必死に脱出作業を続けるが、刀の柄を打ちつけても精霊の力で守られた氷は傷一つ付く様子がない。いざとなれば戦いの中で相手を傷つけることもできる氷は強烈に冷たく、彼女の体温を奪っていく。

「寒い…」

 先ほどより少し強く吹雪き始めたような気がする。
肌を刺すような風と雪が巫女装束の隙間から入り込む。すぐ家に戻ろうと考えていたため、蓑などは羽織っていなかった。寒さに慣れているとはいえ、極寒の蝦夷の気候は少しずつナコルルの体力を奪い、元々白い彼女の顔は透き通るほど蒼白になっている。
動かせない下半身の方はさらに深刻で、皮膚の感覚がほとんど残っていないような状態である。

 四半時ほどそんな状況が続いたであろうか。ナコルルはすでに氷を崩すこともあきらめ、上半身を自らの両腕で抱え込み、体を縮めて寒さに耐えていた。冷え切った体は思考を停止させようとし、意識は朦朧としていた。
その時、背後から声がかかる。

「ねえ、さ、ま、」

 寒さで強張った体をゆっくりひねって後ろを向くと、そこにはナコルルを現在の状況に陥れた張本人が立っていた。

「ぁ…な……た……」

 歯の根が噛み合わず、唇が震えて言葉にならない。

「リムルル…って呼んでよ、姉さま。そうだ、リムルルって呼んでくれたら氷から解放してあげる」

 言っている内容はともかく、喋り方だけはだけは本当のリムルルに似て、無邪気な雰囲気である。一方、意識のはっきりしていないナコルルは、素直にその言葉に従う。

「リ…ム……ル……ル……」

 かすれた声でしぼり出すように呼ぶと、懇願するような目でリムルルを見上げる。普段は気丈な性格のナコルルだったが、寒さによる責めは限界を超えつつあった。美しいその顔は涙でびしょびしょに濡れ、止まらない体の震えが全身を駆け巡っていた。
 
「やだ…姉さま…そんな顔しないで下さい。いま解放してあげるから」

 リムルルが軽く印を切ると、あれだけびくともしなかった氷が四散して、跡形も無く消えてなくなる。
束縛のなくなったナコルルだったが、下半身の感覚はすでに無く、そのまま雪の上に崩れ落ちかける。そこへリムルルがすばやく歩み寄り、背後から抱えるようにして支えた。

「姉さまの体…冷たい…」

 そう言って、後ろから首筋から頬にかけてそっと小さな赤い舌を這わせる。しかし寒さに凍えるナコルルは無反応で、されるがままといった様子である。リムルルは一瞬つまらなそうな顔を見せたが、すぐに何か思いついたような顔をして妖しく微笑んだ。

「ねぇ、姉さま、あそぼ……」

 そう耳元で囁くと、再び印を切って氷の精霊を召喚する。

「コンル…シラル!」

 今度は空中に氷の結晶が集束し、まるで氷の階段のように積みあがっていってリムルルの背丈の二倍くらいの高さになった。 その様子を満足そうに見届けると、体の自由が戻らないナコルルを引きずりながら、後ろ向きに氷の階段を一段ずつ登り始める。
 階段の頂上まで達すると、小さな体のどこにそんな力があるのか、ナコルルの両太腿にそれぞれ両手を回し、小さな子供に小水をさせるような姿勢で後ろから抱え上げる。

「姉さま、下見てください、下。」

 ナコルルは朦朧としながらも、リムルルによって広げられた自分の股の間から地面を見下ろした。たかだか十尺程度ではあるが、動けないナコルルにとっては恐怖を感じ得る高さである。今リムルルに手を離されたら、少々の怪我ではすまないかもしれない。
そして、ちょうど彼女たちの真下辺りに、洗濯物を干す綱を渡すために立てられた木の杭が見える。男性の手首ほどの太さで、彼女たちの背丈とおなじくらいの長さがある頑丈な棒である。

「ここからあの杭の上に落っこちちゃったら大変だよね」
「落ちた拍子に…股の間にささっちゃうかも…」

 相変わらず楽しげな口調で耳元で囁き続けるリムルル。その言葉を聞いたナコルルは首を振って拒否するような素振りを見せていたが、次の台詞を聞いて一気に青ざめた。

「ね、お姉さま、あたし、姉さまを殺しに来たんだよ」

 今までの冗談めいた口調とは一変して、突き刺すような冷たい雰囲気が漂う。背後の様子は見えないが、おそらく先ほどまで見せていたような無邪気な表情は消え失せているであろう。

「ひ…ゃ……ぁ…」

 やはりこの娘は愛しい妹などではない。そんな台詞を言うわけがない。
しかし、この場から逃げ出したくても、まだ全身はしびれ、リムルルの手を振り払うことすらできない。

「股の間から、姉さまの内臓をえぐりながら、突き抜けるのかなぁ…」

 淡々と残酷なことを囁かれてナコルルの恐怖心が増していく。

「いや、ぃゃあぁ……やめ……」

 声が震えているのは、寒さのためだけではない。

「じゃ、行きますね、お姉さま」

 そう言って氷の端に立つリムルル。ナコルルの体はすでに足場のない場所に位置し、下を見ても雪の降り積もった地面しか視界に入らない。

「ぃゃ、ぃゃ、いやぁぁぁぁぁ1」

 ナコルルが絶望したような悲鳴を上げた瞬間、巫女装束の股の部分からかすかに湯気が立ち上る。同時に、ほのかな独特の匂いが鼻をつく。

「やだ、姉さまったら…」

「やぁ…見ないで、みないでぇ…」

 麻痺した下半身は漏れ出した熱い液体を止める術をもたず、少しずつ薄黄色のしみが広がっていく。

「恐怖で粗相だなんて…はしたないよ。でも、もう関係ないけどね。」

「や、やめ、やめてぇぇーーー!」

「さよなら、姉さま」

 リムルルが何事かつぶやくと、氷の階段が崩れ落ち、そのまま2人は真下へ向かって落下した。狙い通り、ナコルルめがけて杭の先端が迫る。

「………!!!!」

 体を貫通した…。少なくともナコルルはそう感じた。しかし実際には彼女の大切な部分と鼻先をかすめただけであった。

「あぁ…ぁぁ……あ………」

 長時間の氷による責め苦と、死を目前にした絶望感によって、意識が急速に薄れていく。しかし、今のナコルルに抗う術はなかった。

 意識を失って体が弛緩したせいか、彼女の秘所のあたりから布をはじくような音が大きくなる。両脚を抱え上げられた姿勢のせいで、服のお尻の方から勢い良く零れ落ちた熱く恥ずかしい水は、湯気を立てながら地面の雪に穴を開けていく。

「やだ、わたしまで濡れちゃう…」

 ぐったりとしたナコルルを地面に下ろしてつぶやく。
雪の上に横たわった白い巫女はまだ粗相が続いているらしく、時おり大きく身を震わせている。尿道があったまってきたせいか、勢いはますます強くなっている。服の上からでもはっきりとわかるほど、太腿の付け根の辺りから湧き出すようにあふれ続けていた。






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