「君たち大丈夫?」 向かいのベンチに座る老夫婦が声を掛けてきた。目の前の少女たちが突然喧嘩を始めたことに驚いている様子である。ただ、ご婦人の方は葵がお漏らしをしていることにすぐに気付いたようで、その表情は驚愕と軽蔑を含んだものに変わる。 この場を切り抜けるべく必死に言葉を探すが、全く思い浮かばない。逃げ出すしかないと思いつつも、脱力しきった下半身は脳からの指令を無視し続ける。 「何でもありません。行くよ!」 突然手首を掴まれ、中腰の状態まで体がふわっと浮く。そして待合室の出入口へ向かって力強く引っ張られて行く。先導しているのはもちろん響だ。背後から彼女たちを呼び止める声が聞こえたような気がしたが、二人とも振り返ることなく改札の方へと向かう。 「ゆっくり歩いてっ……」 一歩踏み出すたびに満水になった貯水槽が揺れて水門が軋み、出口を締め付けている筋肉が悲鳴を上げる。一回目のお漏らしで吸水力の限界を迎えたショーツの脇から、恥ずかしい液体が太腿に数滴ずつ零れ始める。 こんなに苦しい思いをするくらいなら、先ほど待合室で全部漏らしてしてしまえば良かったと後悔するくらい、切迫した状況である。 「どこ、行くの?」 改札を通り抜けようとする響を呼び止める。 「切符持ってないよ」 電車に乗ってしまったら、綾香に会えるチャンスは無い。逃げ出すとしたら今しかないだろう。響の手を振りほどき、一歩後退する。まともに走れる気はしないが、とにかく駅から離れることが最優先事項である。 「へぇ。そんな格好でどこに行くつもりなの?スカートまで濡らして…… この子、男です!って叫んであげようか?」 響が再び近寄ってきて、耳元で囁く。そして横目で改札窓口に座る駅員の方を見やった。 何と言われようとも、響を突き飛ばしてでも、この場から逃げるべきだったと葵は後日後悔することになる。しかし、怪訝な表情でこちらを見る駅員の姿を見た瞬間、反抗する気力が急速に萎んでいくのを感じた。 財布から回数券を取り出し、駅員に渡す響の様子をぼんやりと見つめる葵。抵抗する様子も見せないまま、ホームへと連れて行かれてしまう。 「トイレ……行かせて」 葵のか細い身体は、とうに我慢の限界を迎えている。電車に乗るにしても、トイレを済ませておかなければ大変な粗相をすることになるだろう。 「残念。この駅はホームにトイレないのよ」 「そんな、無理……無理だよ」 響は葵の身体をホームの柵に押し付けると、嘲るような表情を浮かべる。 「そもそもこの格好で男子トイレ行くの?変態じゃない」 「漏れる……漏れちゃうよ……」 葵の羞恥心は既に臨界点を迎えつつあった。人目もはばからず腰をくねらせては小刻みにステップを踏み、子供のように懇願する。 「ねぇ、もう一度見せてよ」 突然下の方から声がした。視線を落とすと、しゃがみ込んだ響が葵のスカートに手をかけている様子が目に入る。 「だめっ!」 慌てて手を振り払ったが、集中力が途切れた瞬間、太腿に一筋の液体が零れ落ちた。両脚に一層力を込め、スカートの中央をしわが出来るほどぎゅっと押さえつけて決壊を防ぐ。 響は冷たい笑みを浮かべ、切れ長の目をより細める。そして例の写真を顔の前に出しながら葵を見上げて言う。 「そう。じゃあこの写真をクラスの皆に見せるよ。あの藤崎綾香がオタク。ちょっとしたニュースだよね」 「(……綾香さん!)」 これまで我慢していた涙が一気に溢れ、葵の頬を濡らす。 自分のせいで、綾香にいらぬ醜聞がついて回ることになるかもしれない。何とか言い逃れる術はないだろうか。それとも何か交換条件を出して響と交渉できないだろうか。 しかし策を弄している余裕は既に無い。今は彼女の言う通りに行動し、事態が好転するのを待つしかないだろう。葵は後ろ向きな期待を胸に抱き、自ら考えることを半ば放棄する。 「じゃあ交渉決裂ね。さようなら」 冷ややかに響が言い放つ。端正な顔立ちの男の子が泣きじゃくる姿を見て若干動揺したのか、最後の方は微かに声が震えていた。 「……」 葵は答える代わりに、スカートを握りしめていた両手から力を抜く。次に何を要求されるのか、そんなことに思考を巡らす余力はない。とにかく早く終わって欲しい。そしてトイレに駆け込みたい。ただそれだけを考えながら体重を背後の柵に預ける。 「いい子ね。そのまま立ってなさい」 そう言うと響は葵のスカートの奥を覗き込む。 「……やっぱり女の子用のパンツ履いてるんだ」 「ゃ……」 葵の頬が紅く染まる。脚の震えが止まらず、立っているだけで精一杯である。 下着姿だったら、綾香さんに何度も見られてるじゃないか。そう自分に言い聞かせて恥辱に耐える。 「中、見せてよ」 「……え?」 スカートの奥に響の手が滑り込んでくる。その手は腰の後ろ側へと回り込み、ショーツを掴んだ。次の瞬間、お尻に外気が触れる感覚が葵を襲う。 「ひっ!」 反射的に葵の全身が反り返る。大きな痙攣と共に下半身の筋肉が収縮し、男の子の部分が敏感に反応する。脱がされかけたショーツが先端に引っかかり、粘性のある液体が布地に染み出す。 「やめてぇっ!」 葵は悲鳴を上げ、両手を前に突き出した。響が尻餅をつくような体勢で後ろ向きに倒れこみ、同時に鈍い音が響く。葵もバランスを失い、膝から崩れ落ちた。腰の奥から滲み出てくる快感とも排泄感とも判断のつかない感覚が収まるのを、四つんばいの姿勢で、ホームの床を見つめながら待つ。 「――間もなく、電車が参ります」 怒号が飛んでくるかと身構えていたが、その代わりに駅員のアナウンスがホームに響き渡る。突き飛ばした少女からの反応が無いことに焦りを覚え、葵は周囲を見回す。 「あ……」 いつの間にか立ち上がっていた響が、葵を見下ろしている。怨嗟の言葉が今にも口から洩れそうな表情で、こちらを睨み付けている。後ろにまとめた黒髪が到着した電車の風圧で左右になびいている。 ドアが開くと同時に、響は無言のまま葵の手首を掴んだ。そして車両の中へと足を踏み入れる……。 |
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