〜回想〜







 響は椅子の背もたれに体重を預け、自室の天井を見上げた。少しばかり年季の入った椅子が軋む音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

 真っ先に思い浮かんだのは、瞳に涙を一杯に溜めながら上目遣いでこちらを見つめる少年……葵の姿だった。その性別にはおよそ似つかわしくない端正な顔立ち。校門で初めて出会った時からずっと、彼が男の子だなんて疑いもしなかった。
 結局駅でのハプニングにより、葵が女装していたことに気付いたわけだが、下着の端から覗く男の子の証が目に入った時も、不思議と嫌悪感は湧いてこなかった。悲鳴を上げてその場から逃げ出すとか、人を呼ぶとか、色々と対処のしようはあったと思うが、その時は少年の女装姿にただ見入ってしまった。魅了されたというわけではないが、少なくとも不快な気分にはならなかった。
 最近アニメや漫画で、可愛らしい少年が少女の格好をする設定が流行っているらしいが、あまり興味を持ったことはない。何となく男性創作者側のリビドーが透けて見えて、汚らわしいとまでは言わないが、どうしても共感できない。もっともBLに対する男性の感想も似たようなものかもしれないが。
 ただ、葵を目の前にして、純粋に可愛い男の子だと思えた。もちろん最初は女の子だと思って話しかけたわけだから、裏切られたという気持ちはある。

 女の子のように細い腰を密かにくねらせながらおしっこを我慢していた葵。その姿を見た時、自分の胸を満たしていたものは何だったのだろうか? 罪悪感というよりは、嗜虐心に近い感情だったかもしれない。
『じゃあ、交渉決裂ね。さようなら』
 冷たい笑みを浮かべながら、あんな台詞をどうして言ってのけられたのか、何度思い返してみてもわからない。
「私ってSの気があったのかな」
 そう呟いてみたものの、どちらかと言えば内気な自分の性格にはそぐわない気がする。それでも、頬を深紅に染め、半開きの口から女の子のような声を洩らして悶える葵の表情を見たとき、今まで体験したことのない感情が沸き起こったことは確かだ。

「(……少しエアコン効き過ぎたかな)」
 ゆっくりと息を吐き、知らぬ間に激しく高まっていた胸の鼓動が収まるのを待つ。全身がじっとりと汗ばんでいることに気付き、重ね着していた部屋着を一枚脱いだ。
「んっ……」
 響は身体の奥で不意に走った感覚にぶるっと下腹部を震わせ、反射的に太股を擦り合わせた。机上の時計に目をやると、既に真夜中を過ぎている。随分と長い時間、思索に耽っていたようだ。
 生理的な欲求からくる焦燥感に追い立てられながら、急いで部屋を出た。両親は既に寝ているのか、家の中は静まり返っていて、廊下の床が軋む音だけが響く。冬の冷気がまとわりつき、火照った身体から汗が引いていくのが心地良い。その代わり時折こみ上げる尿意は次第に激しくなり、響の表情を強張らせる。

「はぁ……」
 部屋からトイレまでは僅かな距離だ。後ろ手に扉を閉めると、便器の方へお尻を向け、ジャージを下ろした。続けてショーツに手をかけたところで響は動きを止めた。
「(あれって、どんな風に収まってたんだろう)」
 再び昼間見た光景が頭をよぎる。葵の男の子の部分が下着を押し上げているところを見たのは一瞬のことで、間近で凝視したわけではない。身体との隙間が少ない女性用下着の中に、どうやって『アレ』を収めていたのか、不可解である。
 響は下着をつけたまま、便座に腰を下ろす。
「(きっと普段は小さくなってるんだろうけど)」
 男の子の性器は興奮すると大きくなるらしい、くらいの知識はあるが、具体的にどんな動きをするのかなんて、男性経験のない響にとっては予想のしようもない。再び胸の鼓動が高まっていくのを自覚しながら、見当違いの想像を巡らせる。

「あっ」
 不意に腰の奥で、微かに甘い刺激が走る。無意識のうちに両手が両脚の間に滑り込み、内腿の付け根を擦り上げていたことに気付き、恥知らずな自らの行為に頬がかっと熱くなる。「寒かったから」「おしっこを我慢していたから」という自身への言い訳は、下着の底に零れ始めた快楽の証を指先に感じた瞬間に、全て吹き飛んだ。自室で葵の痴態を思い浮かべていた時から、少しずつ身体は昂ぶっていたのだろうか。一度意識した快楽は容易に消えず、間断なくこみ上げてくる尿意と共に響を追い詰めていく。
「(先におしっこしなきゃ)」
 早く下着を脱がなければ、とは思ったが、既にショーツの生地は自ら分泌した液体でじっとりと濡れ、上から指先を押し込む度に敏感な箇所と擦れて、たまらない心地良さを響にもたらす。未熟な自慰とは言え、トイレの寒さが全く気にならないほどに全身は火照り、熱い吐息が半開きの唇から洩れる。

響  ――ふと、葵が駅でお漏らしした時のシーンが脳裏によみがえる。
「(このままおしっこしたら、気持ちいいの、かな)」
 後日思い返してみても、何故あんな行為に及んだのか、自分でも理解できない。しかし、快楽と尿意で染め上げられた少女の脳は、尿意の我慢を止めるよう、躊躇なく身体に指令を下した。既にトイレにいるわけだし、下着一枚汚すだけで済むだろう、という気楽さもあった。
「(あれ……?)」
 下半身の力を抜いたつもりなのに、おしっこの出口が開放されない。少し緩めればすぐにでも決壊しそうなほど尿意は切迫しているのに、どうしても緊張が解けない。薄い布地が一枚あるだけで、本能的に身体が脳からの指令を拒否している。
「(どうしよう)」
 自分の身体をコントロールできないもどかしさと、急激に増した下腹部の圧迫感が少女の精神を苛み、混乱させる。響は目を瞑り、お漏らし直前の葵の仕草を思い浮かべた。

『漏れちゃ……う』
 スカートの中央を抑えて身を捩らせる葵。女の子のように頬を真っ赤に染め、涙を一杯に溜めて。
『や……ぁあ……出ちゃう!』
 少年が背中を反り返らせて悲鳴を上げた直後、スカートの裾から小水が零れ落ち始め……。

「出ちゃうっ……」
 そこまで思い出した瞬間、響の口から呟きが漏れ、同時に全身の力がふっと抜けた。ショーツの底にじわっと温かい感触が広がったかと思うと、膀胱が収縮して一気に熱水が弾けた。しゃあっという派手な水音を響かせながら布地を突き抜けて太股を伝い、便器に垂れ落ちる。
「あ……ぁっ!」
 あまりの勢いにとまどう響。やっぱり下着を脱ごうと思って腰を浮かしかけたが、お尻の方まで回り込んだ小水が四方に飛び散り始め、トイレを汚さないためには、また便座に腰を下ろすしかなかった。
 途中で止めるくらい造作もないと高をくくっていたが、先ほどまで開放を渋っていた門が今度は閉じることを真っ向から拒否している。ずっと堪えていた熱い液体が勢いよく尿道を通り抜ける感覚は未体験の快楽に変換され、響の身体をさらに昂ぶらせる。
「はぁ……あぁ」
 熱い液体ががお尻の谷間で渦を巻き、くすぐったい感覚に身を震わせる響。惨めな水音が少し冷静を取り戻した少女の耳に届き、下半身に広がる温かさは彼女の精神を幼児の頃に退行させ、泣き叫びたいような衝動を呼び起こす。

 ――次第に水流は細くなり、果てしなく長く感じられた放出が終わろうとしていた。両親が起き出してくるかもしれないという不安が急に募り、解放感でぐったりとしている身体を奮い立たせる。便座カバーまで染み込んでいるかもしれないと覚悟しつつ、そろそろと腰を浮かせたが、下着の奥に残った小水が太腿へと零れ出すのを感じて、慌てて座り直す。仕方なくトイレットペーパーを手に巻き取り、内腿を拭き上げる。股間に当てたトイレットペーパーはすぐにおしっこを吸収し、手のひらに体温と同じぬくもりが伝わってくる。
「いやっ!」
 とっさに手を離して紙を便器の奥へ投げ捨てた。……とは言え、まず拭かないことには身体を洗いに風呂場へ行くことすらままならない。もっと沢山の紙を手にとり、排泄物に触れることへの嫌悪感を必死に抑え込みながら、ぐっしょりと濡れたショーツから水分を吸い取っていく。

「はぁ……」
 一通り拭き終わると、響は後悔と嫌悪感の入り混じったため息をついた。解放感からくる微かな心地良さは残っているが、おしっこの残り香が立ち上ってくる度に、情けなさで胸が一杯になる。お漏らしなんて、いつ以来なんだろうか。物心つかない頃の話だろうから、記憶の片隅にも残っていない。
「(葵ちゃん、大丈夫かな)」
 あの子はどんなにか惨めな気持ちで帰って行ったのだろうか。靴までぐっしょり濡らした姿のまま、泣きじゃくりながら……。突拍子もない展開に混乱していたせいもあるが、あの時少年の後姿を黙って見送ってしまったことに対して、急に後悔の念がこみ上げてきた。

「(また、会いたいな)」
 響は立ち上がると水洗トイレのレバーを捻った。流れる水の音を聞きながら、少女は明日自分が何を為すべきか、心に決めていた……。








目次Original Novel